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ドキュメンタリー カラヤン (BSHi)

「ワルトビューネ~」が終わって、3分間の休憩の後に
カラヤンのドキュメンタリーの放送をBSHiで観ました。
「ワルトビューネ~」の楽しい気分に浸っている時間がなくてちょっと残念。
違う日にして欲しかった~(ぜいたく^^;)


生誕100年記念ドキュメンタリー
「ヘルベルト・フォン・カラヤン ~その目指した美の世界~ 」
(制作:2007年 ドイツ)

カラヤン(1908~1989)の生前のリハーサル風景やカラヤンと関わった音楽家たちや
家族のコメントなど盛りだくさんでした。

下積みが長かったカラヤンも戦後はウィーン交響楽団の首席指揮者になり
その後1955年にベルフィルの首席指揮者として君臨。
1989年の亡くなる3ヶ月前に健康上の理由で辞任するまで独裁者となり、
エネッルギッシュに指揮。
曲はすべて暗譜していて勉強家、規律正しく品行方正、そして完全主義者。
でもユーモアのセンスもあり団員をよく笑わせたとか。

喋り方が聞き取りにくく、わからなくても聞き返せないほど怖くて
緊張感があり、カラヤンがいると思うだけで必死で歌ったという歌手。

完全に弾けたと思ってもカラヤンから“音符に命を満たして”と言われた奏者。

もう一度歌うのですか、と聞いた歌手に“君が頑張らないと僕の責任になる”と
言われ、苦笑する歌手。

オペラの演出も自分でしないと気が済まない。

キーシンも共演の折、もう少し速く弾きたかったが
17才で言える立場ではなかったと。
でも演奏が終わった直後、カラヤンはキーシンに投げキスをして感動の涙を
拭いたそうです。
そしてキーシンのmotherに“彼は天才です”と言ったとか。
キーシンもそのコンサートで自分の中の何かを引き出された、何かが目覚めた、
と言っています。


アメリカに行きニューヨークフィルを指揮。
でもバーンスタインにはベルフィルを指揮させない。
バーンスタインとの比較。

87年ニューイヤーコンサートで体の痛みをおして指揮。
伝えたいことはたくさんあるのに体がついていかない、と。
晩年は脊椎の持病に悩まされていたそうです。
追悼式でバーンスタインは「マーラー交響曲 第5番」を捧げた。

初めてのコンサート映画、原語での上演。
聴いても観ても美しくと、渾身のエネルギーで思いを伝え、
懸命に音楽を創ることに人生を捧げたカラヤン。

  もう20年遅く生まれて音楽の変化をみたかった、
  とはいえ音楽に参加できて感謝している。-カラヤンー

興味深いドキュメンタリーでした。
リハーサルを観るのも勉強になりますね。
そうそう、パバロッティやドミンゴの若かりし歌声もすばらしかったです。

(*録画していないので、間違いなどありましたらご指摘下さい)

キーシンが言う17才時のカラヤンとの共演ですが、
先日、偶然にも<30代ピアニスト>の写真&YTリストを作っていて
キーシンの演奏がすごく良くてリンク貼りましたがこちらにも
「コンチェルト1番」(チャイコフスキー)


↑ 続きです。
横のタグに全曲あります。まさしく、キー神、まさしくカラヤン!

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